木星とガリレオ衛星 ― 2017/04/02
木星には4個のガリレオ衛星が周回しています。
ガリレオ衛星は1610年ガリレオが発見し、地動説が正しいことを確信したといわれています。ガリレオ衛星は内側からイオ(公転周期1.76日)、エウロパ(同じく3.55日)、ガニメデ(同じく7.16日)およびカリスト(同じく16.69日)です。地球の月の公転周期は27日ですのでガリレオ衛星の公転周期が短いのがわかります。
動画で見るには、ここガリレオ衛星をクリックしてください。
ホキ美術館 ― 2014/06/29
本日は、町内会有志の旅行会に参加した。
都内では局所豪雨のニュースが流れていたが、幸いなことに我々の行き先では雨があがり、皆さんの心がけが良いからであるとの自讃の声がきかれた。
目的地は千葉県の白子温泉であったが、途中千葉市緑区あすみが丘に2010年に開館した「ホキ美術館」に立ち寄り絵画を鑑賞した。
絵にはあまり関心のない私であるが、美術館の絵を見て驚いた。日本の写実絵画
を展示している美術館だったのだ。
絵は最初は写真を引き伸ばしたものと誤解したが、館の説明員の説明を聞くとすべて画家が描いたものだそうだ。美術館でもらったチラシである。
このような人物画や静物画が300点以上展示されている。一時間半の予定時間では不足する。残念ながら駆け足で見ざるを得なかった。
旅行会は飲んで歌ってと楽しい一日であった。
海外ツーリングフェスタ ― 2014/06/22
長い間ブログを休んでいました。夏祭りなど身近な話題はありましたが、視聴者の興味を引く話題が身の回りになかったまま日にちが過ぎてしまいました。
さて、今月20日(金)から22日(日)の三が日、表参道と明治神宮前の中間にある展示会場を借り、「海外ツーリングフェスタ」が開催されました。
私も、2013年の5月から7月にかけ挑戦したユーラシア大陸横断のパネルを展示するよう依頼を受け出展させていただきました。
会場は雨模様にも関わらず大勢の見学者が来場され、私も説明に追われた三が日でした。
私が大陸横断に使ったバイクも展示することにしました。
出展者は百数十か国をバイクで回った人や、アマゾン川5000kmを手製のいかだで下った人など超人の皆さん方です。
小さな電動バイクで三か年かけ世界一周をした人もいます。

私のユーラシア大陸横断は初心者の部類に入りますね。
大勢の見学者の中にはユーラシア大陸横断に挑戦を希望する人が数名いました。
ぜひ、頑張ってほしいですね。
北茨城の海 ― 2014/03/31
東京でも桜が満開との報道があった。久しぶりに家族で北茨城の温泉に行くことにした。予約は3か月前にしておいたが、東京が満開ならば北茨城は3分咲き程度だろうと予測していたが、結果は見事に裏切られてしまった。
北茨城では桜のつぼみは小さく固まったままではないか。あと2週間ほどしないと咲き始めは期待できないでであろう。昔見た満開の景色を知っているだけに残念であった。
写真は山の中のウラシマソウの花芽である。春が来たのをを感じる。
次の写真は宿から撮影した北茨城の海である。
原発事故の前は、沖合の海には京浜と東北、北海道を結ぶ長距離フェリーや内航船および漁船の姿が見えたが、事故の後見ることがなくなった。
船は福島原発の事故の影響を避けるため、遥か沖合を航行するため、陸岸から船の姿をみることができなくなったのだ。
何時になったら、船の姿を見ることができるのだろう。東北の復興もなかなか進んでいないようだし、また船の姿をみることが出来ない海をみると心が痛む。
ラジオセンター ― 2014/01/27
秋葉原駅を出て総武線のガード下の狭い路地に入ると電気部品などを売っていたラジオセンターがある。昨年の暮れにラジオセンターが廃止されるとの新聞記事があったので、現在どうなっているか見に行った。
ところが、半分以上の店舗は現在も営業をしている。取り壊しのギリギリまで営業するのであろうか?
写真の看板には「なつかしの昭和横丁」とある。昭和のラジオセンターは電気機器を自作する人にとってはまさに「聖地」であった。
展示されている部品を見てどのような機器を組み立てるか心をときめかせるものがあった場所である。
私も数十年前テレビゲームのキットをこの路地で買い組み立て、無事に動いた時の感激は今でもおぼえている。
昭和四十年代の初め、ビジネスショウの展示は晴海の展示場で行われていた。会場に行くときに乗ったタクシーの運転士さんの話は今でもソニーの名前が出るたびに思い出される。
運転手さんの話は、「昔電気関係の従業員100人ほどの会社をやっていたが、経営に失敗して今は運転手をしている。当時ソニーの前身東京通信工業が近くにあり小さな建物の二階の事務所をたびたび訪ねたこともある。当時は私の会社が東京通信工業より大きかった。今でも電気の回路を考え続けており会社の再起を図りたい。」
という話であった。運転手さんも秋葉原のラジオセンターを訪ね電気部品を眺めては会社再建を考えたことであろう。日本が発展した昭和の時代を感じる場所である。
ところが、半分以上の店舗は現在も営業をしている。取り壊しのギリギリまで営業するのであろうか?
写真の看板には「なつかしの昭和横丁」とある。昭和のラジオセンターは電気機器を自作する人にとってはまさに「聖地」であった。
展示されている部品を見てどのような機器を組み立てるか心をときめかせるものがあった場所である。
私も数十年前テレビゲームのキットをこの路地で買い組み立て、無事に動いた時の感激は今でもおぼえている。
昭和四十年代の初め、ビジネスショウの展示は晴海の展示場で行われていた。会場に行くときに乗ったタクシーの運転士さんの話は今でもソニーの名前が出るたびに思い出される。
運転手さんの話は、「昔電気関係の従業員100人ほどの会社をやっていたが、経営に失敗して今は運転手をしている。当時ソニーの前身東京通信工業が近くにあり小さな建物の二階の事務所をたびたび訪ねたこともある。当時は私の会社が東京通信工業より大きかった。今でも電気の回路を考え続けており会社の再起を図りたい。」
という話であった。運転手さんも秋葉原のラジオセンターを訪ね電気部品を眺めては会社再建を考えたことであろう。日本が発展した昭和の時代を感じる場所である。
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